富士山(ふじさん)と信仰(しんこう)
「信仰(しんこう)」というのは、「神様(かみさま)や仏様(ほとけさま)を信じてお祈(いの)りすること」です。
昔(むかし)の日本人は、たびたび噴火(ふんか)する富士山を、神様(かみさま)が住んでいる神聖(しんせい)な山として、恐(おそ)れ敬(うやま)ってきました。富士山が噴火(ふんか)するのは、神様(かみさま)が怒(おこ)っているからだと信じ、神様(かみさま)の怒(いか)りをなだめるために、富士山のふもとに浅間神社(せんげんじんじゃ)を建(た)てました。
平安時代(へいあんじだい)の後期(こうき)になり、噴火(ふんか)がおさまってくると、今度は、富士山の山頂(さんちょう)には、仏様(ほとけさま)の世界が広がっているのだという考えが広がりました。そして、仏様(ほとけさま)の世界(せかい)を目指(めざ)して、多くの人が富士山に登(のぼ)るようになりました。
最初(さいしょ)、富士山は、修験者(しゅげんしゃ)と呼(よ)ばれる、山の中で修行(しゅぎょう)をする強(つよ)い心と体を持(も)った人たちが、修行(しゅぎょう)のために登(のぼ)る山でした。
室町時代(むろまちじだい)後半(こうはん)になると、修験者(しゅげんしゃ)といっしょに武士(ぶし)や庶民(しょみん)も登山(とざん)するようになりました。
江戸時代(えどじだい)になると、富士山を信仰(しんこう)する人たちの中で、「富士講(ふじこう)」と呼ばれる一派(いっぱ)が信者(しんじゃ)を増(ふ)やし、江戸(えど)※を中心に大流行(だいりゅうこう)しました。多くの人が富士山のふもとの滝(たき)や湖(みずうみ)などの神聖(しんせい)な場所(ばしょ)をめぐり、山頂(さんちょう)を目指(めざ)して登山(とざん)をしました。
※江戸(えど)…現在(げんざい)の東京(とうきょう)
現在(げんざい)でも、年齢(ねんれい)や性別(せいべつ)に関係(かんけい)なく、毎年(まいとし)、多くの人が富士登山(とざん)をしています。その登山道(とざんどう)は昔(むかし)の人たちが歩いた道がもとになっています。多(おお)くの登山者(とざんしゃ)は、富士山で日の出(で)を拝(おが)むことを楽(たの)しみにしています。富士山で日の出(で)を拝(おが)むことを「御来光(ごらいこう)」といいます。
険(けわ)しい山を登(のぼ)り、雲の上に現(あらわ)れる「御来光(ごらいこう)」を見ることができた時の感動(かんどう)は、昔(むかし)も今も同じなのでしょう。
また、富士山の山頂(さんちょう)にたどり着(つ)いた登山者(とざんしゃ)の多くが、頂上(ちょうじょう)をぐるっと一周(いっしゅう)しています。富士山山頂(さんちょう)を一周(いっしゅう)することを「お鉢(はち)めぐり」といいます。
「御来光(ごらいこう)」を拝(おが)むことや「お鉢(はち)めぐり」をすることは、昔(むかし)の人々にとって、信仰上(しんこうじょう)、とても大切(たいせつ)なことでした。現代(げんだい)のわたしたちにとっても、富士登山(とざん)の楽(たの)しみの一つです。
信仰(しんこう)の形(かたち)は時代(じだい)とともに変化(へんか)してきましたが、昔(むかし)から日本人は、富士山を特別(とくべつ)な山として大切(たいせつ)にしてきました。
現代(げんだい)に生きる私(わたし)たちも、あこがれや親(した)しみのある山として、富士山を特別(とくべつ)な山だと感じています。
富士山は、昔(むかし)も今も日本人の心のよりどころとなっています。
登山道(とざんどう)
富士山には、4つの登山道(とざんどう)があります。登山道(とざんどう)は、昔(むかし)の人たちが、富士山に登(のぼ)るために作った道で、現在(げんざい)も使(つか)われています。登山道沿(とざんどうぞ)いには、鳥居(とりい)や石碑(せきひ)など、信仰(しんこう)を表(あらわ)すものが残(のこ)されています。
4つの登山道(登山道)
昔(むかし)の名前 | 現在(げんざい)の名前 |
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大宮・村山口登山道 (おおみや・むらやまぐちとざんどう) | 富士宮口登山道 (ふじのみやぐちとざんどう) |
須山口登山道(すやまぐちとざんどう) | 御殿場口登山道(ごてんばぐちとざんどう) |
須走口登山道(すばしりぐちとざんどう) | 昔と同じ |
吉田口登山道(よしだぐちとざんどう) | 昔と同じ |
山頂(さんちょう)の遺跡群(いせきぐん)
富士山の山頂(さんちょう)には、昔(むかし)から日本人がお参(まい)りしてきた神社(じんじゃ)や仏像(ぶつぞう)があります。
もし、富士に登(のぼ)る機会(きかい)があって、無事(ぶじ)に山頂(さんちょう)までたどり着(つ)くことができたら、ぜひ、神社(じんじゃ)や仏像(ぶつぞう)を探(さが)してみてください。富士山を信仰(しんこう)してきた日本人の思いに触(ふ)れることができると思います。